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だからすこしかなしい 

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漢字をじっと見つめていると、じきにばらばらと
「あれ?こんなカタチだっけなあ」と簡単な崩壊に出会う。こんなことは
自分を見つめているときにも起こる。


自分対自分のときの自分は、見つめすぎた漢字によく似ている。
もういちどかこうとすると不安になる。
でも漢字と違うのは、どんなに違う線や角を組み合わせてしまっても
その意味を失うことはぜったいにないこと。
いきなり走り出したって派手な色のダッフルコート着たって
言ったことのない愛の言葉を口にしたって
うまく取り繕ったって全部わたしだ。
うまく取り繕うとしているわたしだ。



***



国際人とはなにか。
心に国境がない人?


たとえば海外で飛行機が事故にあうというニュース。
「日本人はいませんでした」とか「日本人は2人でした」とか
そういう情報が大切になる現実。

1人1人の世界はみるみる曖昧に広がって
誰の責任でもないものがものすごく増えた。
無責任だからだらだらともめるんだ。

はっきり言ってわたしたちの持っている日本人としての誇りや
アイデンティティなんてだいたい適当じゃないのかな。
(そうでない人はもちろんいると思う。ごめんなさい。
その上で、勇気を持って、自戒の意味も込めて、あえて「適当」と言う。)

適当なものだけど思い出したように守る。
考えなくても大事なもののようながするのは
「根付いている」とか「受け継いでいる」とかじゃない。
ただよっている、だ。サボっている。
だとしたら、変わることは悪いことじゃない。ちゃんと考えて、変わっていけばいいし、
ちゃんと考えて、受け継ぐべきものを受け継げばいいと思う。
変わることは変わらないことでもある。
たとえば、桜の木がサボったら変わらない美しさを表し続けることなんてできない。
ああ見えて桜の木はアップデートし続けているはず。
その上で変わらなく美しい。



***


今日からまた上海に行くけれど
心配してくれる人が多いのがすこしかなしい。
「あぶない」と心配してくれた人のその「あぶない」は
「中国=いまあぶない」のパターンのなかの「あぶない」なのか
なにかの経験則や、思案した末の「あぶない」なのか
どっちなんだろう。
わたしたちは考えなければいけない。
パターンのスタンプを押してちゃいけない。





[ 2010/10/26 09:04 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

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