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PK 

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昨日パラグアイ戦を観ていました。

東京にお住まいの方は
昨日の体験だけじゃなくて
翌日のこの青空白い雲さえも
わたしとまったくそっくりお揃いかもしれません。


現場は見ず知らずの南アフリカ
しかし同時になぜか渋谷がアツい
そんなファンタジーを尋常と呼ぶような
すごいバランスの世の中。
「想像の共同体」。


45分×2回、0-0。
延長戦15分×2回、0-0。
そしてPK戦。
祈り泣きのサポーターの女が大写しになる。
女は匿名を代表したわたしたちの化身。


サッカーがカテゴリじゃなくソフトじゃなくジャンルじゃなくなって
そこに人間がいることを知らしめる瞬間がやってきた。


規模がそりゃあちがう、といったって、誰しもが共感できてしまったはずだ。


プレッシャー。


誰しもが知ってる感覚。小学校のリレーだって、幼稚園のごっこ遊びを由来にしたって、思い当たるといっていい。もちろんまったく同じ感情を共有できるはずはないけど、傍観者のわたしの胸にも広がるこのざわめきは、あの世界級の緊張感の延長線上にある感情だ。


プロだから当たり前とか
サッカー選手は自分とは違う種類だとか
いつものそういう、人であるはずのものをコンテンツとしてみてしまう目が剥がされた。
彼がすごいんじゃない。自分がサボってんだ。
ちがうかな。もちろんすごい。とてつもない。
でも宇宙人じゃないんだ。


誰もが人生でいちばん恐れていることかもしれない。
国の代表でPKを蹴ること。
誰もがいちばん逃げていることかもしれない。
人生にあるPKの瞬間。


サッカーにとってPKがどうであるかとか
(正当だとか)
PKがプロ選手にとってどうであるかとか
(運だとか)
そんなことはどっちにしたって全然興味がないけれど



ただ
人生はPK戦なんだと思った。
向き合わざるを得ないのは自分ということと、

とんでもない
針の上に片足で立つような集中力
その上に運命があることも。
(そこにいけたら一般的なジャッジなんていっさい別次元だね)
みんな同じ条件だということも。



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[ 2010/07/01 01:26 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

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