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「ぼくたちは、ルールなしで生きる方法をまだ知らない」 

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キレる大人が増えているという。(――「クローズアップ現代」)


昔は「キレる若者」とか「キレる中学生」「小学生」とかをよく耳にしたけれど、
こんどは「大人」が「キレる」。

たとえば駅構内で乗客が乗客に。乗客が駅員に。
病院で、患者が看護師に。患者の家族が医師に。暴言・暴力。
30代~50代の働き盛り、またはそれ以上だとお年寄りが暴れるケースが多いという。

わたしも見たことがある。電車内でマナーをめぐって口論する、おじさんと若い女。
互いの正当性を主張しあう。


正しいからって、なんだろう。


いちばん興味深かったのが
「ルールを破る人ではなく、破る人を注意する人がキレる傾向が強い」ということ。


信じていたもの(ルール)が簡単に壊されるのを見たくないんだと思う。
わたしたちはいつも不安だ。不安を体の外に出すために、言葉で置き換える。
置き換える。置き換えまくる。外壁。これさえ守れば安全って思いたいんだ。
安定への異常な固執が、社会の空白を許さない。小さな穴を空けられるのもこわい。

社会の基本は安定じゃないし、永遠の外壁なんて存在しないのに。
ルールは思考停止であるし、アドリブの思いやりが入る余地がない。

ルールはたいてい、社会が決めたもので、「わたし」が決めたものじゃない。
なのに、ルールを踏みにじられたことで、「わたし」が爆発しなければならない理由は。
いったいだれに感情させられているのか。
ルールは、毎日、どこかで、どんどん生まれている。


だからってアナーキーで良いとは言えないけれど。
ルールも呼吸すればいいっていうのは思うのです。

「キレる大人」が良い形で減るっていうのは、みんなが行儀良くなる、ってことではなく
もっと自由な人が増える(近くの人に話しかけるとか)ってことかも。


「キレ」てなくても、自分由来じゃない正当性を振りかざして文句を言っている人を見るのはかなしい。



[ 2010/05/13 23:43 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

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