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自分のためのメモ(アートと迎合) 



つきぬけているものはなぜうつくしいんだろう。

完成された世界観につよくグっと惹かれてしまうわけは
世界のあらゆる均衡なんて、そもそもあやふやなものだからかもしれない。
人を殺して英雄になった戦時中から、まだ数十年しかたっていない。
世の中の常識、正義なんて、ときの流れにひれ伏すしかない。完全な曖昧。
宇宙の混沌に名前をつけて、順序付けして、均衡を保っているだけの、不安定世界。
宇宙にあるもので、目に見えるもの、すなわち「物質」は、4%だけ。目に見えないもの、よくわからないもののほうが圧倒的におおい。しかしながらわたしたちは「目に見えるもの至上主義」。
光も化学も覆される。1+1=2を信じる宗教のことを化学というのかもしれない。その上に医学を成り立たせて命を預けている。私は無宗教だけれど、ほかの動物からみたら化学教信者かもしれない。


アーティストが煮詰めた世界に強く惹かれる。
社会の需要にピタリと合ったから、人びとがそれを求めるんじゃない。
つきぬけた世界観に、世間がついていく。
迎合主義者のアートはアートとしての意味がない。
それはアートじゃないけれどひどくお洒落だ。


アートの役割は何か。
アートは化学以外の分野での「発明」を世の中に提示する。
(厳密にいうと化学で語れるものかもしれないけれどそれは置いておく)
感情、気分、感性、常識。
社会の常識に風穴を開ける。


以前札幌にある芸術の森美術館のかたとアートについてお話ししたとき、こんなことをおっしゃっていた。

「桑田佳祐は、なぜ"アーティスト"か。」
「音楽の新しい快楽コードを発明するから。」
「アートは、それまで人びとの心になかったはずのあたらしい感情、共感をうみだす。」
桑田佳祐は発明家なのだ。

感情の混沌にあたらしい名前をつけるのが詩人かもしれない。
感情の発明家。
言葉は上辺だけのものじゃない。概念そのもの。脳は概念を駅にして回路をつくる。


「アート」にはいつも、知らないものを突きつけられる。
知っているものだけを知っている手段や常識で評価していても、あたらしい思考回路、行動回路、感情回路はうまれない。だから意味不明なものに意味がある。


というわけで、社会の既存の期待にお応えするわけにはいかないのには、根拠がある。





[ 2011/11/21 18:10 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

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