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グラスのなかの海 


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太すぎるストローと細すぎるストローが好き。


どちらかというと細すぎるストローのほうが、より好きだ。たとえば、ヤクルトにさすストロー。ヤクルトは細すぎるストローでちまちま飲むに限る。飲み口からそのまま飲むとあっという間に飲み干してしまうヤクルトを、細すぎるストローを介することで長くあじわっていられるのだ。細すぎるストロー、万歳。
しかし、長さが短いことの多い細すぎるストローは、飲み物とストローの相性によっては入れ物の中にストンと沈み、見失ってしまう事件も起こりやすい。気をつけたい。

一方太すぎるストローは、スムージーやフルーツ絞りジュース、そしてタピオカドリンクなどの状況で使用されることが多い。タピオカドリンク。問題はタピオカドリンクである。タピオカも吸い上げられるように太すぎるストローが用意される。この場合太すぎるストローの存在意義はこの任務に集中している。集中し過ぎている。そのため、タピオカさえ入っていれば暖かい飲み物でも強引にこのストローが添付される。ホットタピオカミルクティーとか。しかし、太すぎるストローは本当にタピオカに適役と言えるのだろうか?
私のタピオカドリンクでの太すぎるストローへの不満は、タピオカのタイミングを自分で調整できないことである。食べたい時に吸い上がらない。そのくせ準備ができていない時にスポンと口のなかに飛び込んでくる。タピオカ×太すぎるストロー=ハプニング。この状況は、手綱を握らずに馬に乗っているようなもので、非常に悔しい。

いやいや、と考え直す。果たしてハプニングは、いつも悪いものだろうか。否。それに乗馬の場合いち大事だが、タピオカとストローは馬と手綱の関係と似ているようで違っている。というか例えておいてなんだが全く違う。すいません。

現代人は想定しすぎている。こうすればこうなるはずだ、を知り過ぎている。想定することに慣れている。買いたかったものと買えたもののギャップはどんどん小さくなる。見返りを計算して行動してしまう。本当は、人生はもっとミラクルだ。確実なものはないに等しい。それでも、想定してしまう。損したくないと思ってしまう。その結果、行動範囲はどんどんせまくなる。知っているパターンの中に浸かっていたい。その慣れはこわい。考えなくなる。ピンチがチャンスなのは知らないパターンに対して解決方法を取得する絶好のタイミングだからだ。
そんなことを叫びながら、タピオカが私ののどに飛び込んでくる。



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[ 2011/04/29 17:24 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

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