logo1.jpg

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

ざらつき 

DE96[1]




宮台真司さんらの講義をきいてきた。
「いかに、イデオロギーを超えて、異質な他者とつながることができるか」。

「正しい (と思われている) こと」を打ち破るのはすごく難しい。
でも実は「一緒にめしを食う」という「ノリ」で充分なのだ。
明らかに足りていないのが、「コミュニケーション能力」という「ノリ」。
摩擦する勇気。




「正しい (と思われている) こと」 しか言わない人 は、さみしい。
という空気が実は、わたしの肺をずうっとうろうろしている。
それは誰かに言いたいことでもあるけど、自分に刺さるものでもある。
というか自分にないからこそわかる。
自然にできていたらわかんないと思う。


私は立ち止まる。でも、もうずっと私は、海の前のプールで泳ぐようなさみしさを持っている。
で、そういう、自分のなかに自分の要素の《相容れなさ》を抱えていることが
心地よかったりする。わからないこのざらざらを、なにに移すのだ。問う。




スポンサーサイト
[ 2009/10/28 09:03 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。