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見えない部屋から 


表面に見えているものだけが真実じゃないというよりもむしろ
表面に見えているものは真実じゃない
表面にあるのは記号ばかり
体温もにおいも味もない記号ばかり
体温やにおいや味のことを事情というの
世界は記号でできてない
世界は事情でできてる

だからわたしはでかけなきゃ
いつもいつもでかけていかなきゃ
部屋からは記号しか見えない

記号をキライになるのはカンタン
だれかをキライになるのはむずかしい
きっとだれにもできない





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[ 2013/02/22 14:33 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

言い訳をするなら 


ひゃー、こちらは久しぶりの更新です。

通常のブログはアメブロで更新してるけれど、こちらのブログも楽しみに待ってますという声もいただいて、ほったらかしていることにちょっと罪悪感ももちつつ・・・。

言い訳をすれば、最近歌詞を書いているので、詩的なことばのアウトプットが全部そちらに流れていたのです。

メロディだけでも言葉だけでもたどり着けない、音とリズムをもったことばにしか見つけられない場所にいけるフレーズを探す日々です。

文章の勉強ではずっと、「いろいろ」とか「たくさんの」とか「必死に」とかの、曖昧で紋切り型な言葉たちを使わないようにすることを心がけてきたけれど、歌詞では違いますね。わかりやすい使い古された言葉や曖昧な言葉が、聴く人の想像力を引き出したりする。これはメロディの力でもあるのかなあ。
だから、「いろいろ」ってタイトルの歌詞も書いたりしました。あはは、ざっくり。でも気に入ってる!

歌詞むずかしいー・・・パズルみたい。曲先行で歌詞を付けると、リズムとか、文字数とか、アクセントとか、雰囲気とか、制約がとても多く感じます。最初は不自由に思ったし、なんて自分の中の語彙が足りないんだろう!って悲しくなったりした。でも最近は、制約があるからこそ思いがけない組み合わせに出会ったり、走り出した物語が意外なところに向かっていったりして面白いなと思う。制約に対する工夫がそのまま、かけがえのない熱量になる気がして。

歌詞もだけど、今年はポエムもエッセイもルポもどんどこ書きたいなー!
みなさんに見ていただけるように頑張ります。









[ 2013/01/22 19:17 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

またはベーグル 



写真-2-51



常識や科学や
数字ではかる平等が
人間のあかし、理性だと言いながら

おとなは
目に見えないものが大好きでたまらないのだ

おとなは
いつもこっそり
ドーナッツの穴を集めている

たまに
胸がくるしくて
どうしても納得のいかない夕方などに
ポケットから
集めた穴をそっと出して

こねて
のばして
まるめて
ひとりでたべている

「気をつけろ!
 あいつは
 すずしい顔をして
 ドーナッツの穴を集めるようなやつだぞ」

(!)





[ 2012/09/28 16:36 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

ここは動物園じゃない 


IMG_7404.png

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写真の練習にひとり動物園へ!

園内で「どうぶつえん行きたい~!」と泣いているこどもがいた。難しい。哲学か何かか。



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[ 2012/07/22 19:54 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

わけのわからなさ 

IMG_5413.jpg


子どものときは、手のひらにおさまるおもちゃすら、全体像が見えていない。大人になって見てみれば、それはとっても単純なシステムのおもちゃなのに。なのにむかしは、わけがわからなくて、不思議で、もっと重要な謎が隠されているんじゃないかって思ってた。

たとえば枕元に置いておいたり、公園のなかでいちばんヘンな場所・・・(意味不明な色と形で、中に入ることが出来るオブジェとか)・・・に一緒につれていくことで、今までと違う変化が起きる可能性があったし、それがまだ手に入れていないおもちゃなら、買ってもらうことで世界が変わるような気がした。わけがわからないところに憧れたし、ロマンがあった。

"子どもの心を持ち続ける大人でいましょう"なんて言うけれど、それは簡単じゃない。すぐにわけがわかってしまうし、わけがわかった気になってしまう。奥にチラチラ光ってた重要な謎がどこかへ行ってしまう。わけがわかったふりをやめるか、遠くまで知らないおもちゃを探しにいくか。おもちゃが光れば、子どもでいられる。






[ 2012/06/26 12:24 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

やめるをやめるの哲学 


写真-3-11


一度やめたことをもう一度はじめるのがツライのは、精一杯の選択を繰り返して誠実に生きてきたという証拠なんだけど、だけどもやっぱりツライ。過去の精一杯の選択を否定するということは、自己そのものを否定するようなものだから。

でもそれを乗り越えられたら極上の覚悟が手に入る。
「やめてもやめられなかったもの」との運命は、とても濃くてかけがえがない。
どこからきてどこへむかうのかなにも知らないままやってきて、その手がかりにやっとふれるような瞬間。
そこに帰ってくるのは2回めでも、「やめるをやめる」のははじめてなら、やってみないとまだわからない。


ブレたやつだなあなんて私は絶対笑わない。







[ 2012/06/14 22:44 ] 未分類 | TB(0) | コメント(-)

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